「まち・みせ・ひと」をマッチング


by hikkii-51

<   2007年 10月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 『企画は売るな。買いに行け!』

 イキチさんがいまも肝に銘じている先輩社員のことば。
30年ほど前のことになる。入社して数年後。ラジオ番組のディレクターから媒体営業マンへ異動となり、「顧客(スポンサー)開拓」に悪戦苦闘の日々。そんなイキチさんを見かねたのだろう。ある日、尊敬する、その当時トップセールスを誇る先輩営業マンがイキチさんを喫茶店に誘い、伝授してくれた言葉だ。

媒体営業とは、日々、スポンサーと呼ぶ顧客とその取次ぎをする広告代理店への番組やラジオスポット(CM)のセールスのこと。日々、担当する顧客や広告代理店を回り、新番組やキャンペーン企画などを紹介し売り上げを作る、民間放送局の営業の第一線のこと。しかし、「ラジオ営業」の現実はなかなか厳しい。マスコミ四媒体といわれるTV、新聞、雑誌とラジオの中で、ラジオの媒体営業は売り上げ規模も小さく、なにより音声専門のメディアだ。TVや活字媒体とくらべ、人間の7割は占めるともいわれる「視覚」に頼れない分、印象も関心も薄いメディアのハンデがあり、楽ではない。広告代理店の優先順位ではやはりTV、新聞・・となってしまう。加えて
クルマやラジカセで、またお店や職場やはたまた最近はポッドキャステイングなどで、と多様な
聴かれ方が特徴のメディア。雑誌や最近のネット(WEB)メディアなどとくらべ、きわめて聴取実態がわかりづらい媒体である。「データが少ないから、社内で説得力に乏しくて・・・」と顧客の
理解や関心もけっして高くないのが実状だ。視聴者や読者など利用者の数やプロフィールが見えやすい、わかりやすいTV、新聞、雑誌、またWEBなどの媒体とはデータの面でたしかに不利となる。
 けれど防災時にだけに限らず、日々もっとも身近に利用されている媒体の一つであることは知られているものの、東京の主要なラジオ局では毎週、どの局もそれぞれ数百万人のリスナー(聴取者)が実際に親しみ、楽しみ、信頼を寄せて
利用している事実。これほど実態と一般的なイメージや関心がかけ離れたメディアは少ない。

 その分、ラジオ営業の第一線はきつい。タイムリーな話題やユニークな切り口などを活かし、常に提案や工夫が要求される。日々よく「利用されているメディア」の事実を、顧客である企業や団体などへ、いかに説得力をもって説明し、番組提供やラジオCMの利用へと結びつけていくか。ラジオ営業マンの毎日もなかなかハードだ。

 トップ営業マンはどうやってそれを克服し、実績に結びつけているのか。
その一つの答えが「企画を買いに行く」ということになる。顧客である企業の宣伝部や販促部、
事業部などの課題やテーマをよく聞き、市場の実態や競争相手の動向などを調べることはもちろん、それがラジオという媒体の利用にまで至る「決め手」は・・・? 
 それは、企画力であり、提案力となるが、もちろん簡単ではない。聞き出す力が問われる。
聞き方、訊き方、聴き方(身を入れて聞くこと)の能力、実力が問われる。容易ではない。

 「企画は買いに行くんだ」とトップセールスの先輩のことば。30年ほど前のことである。
この言葉はそれからのイキチさんの、いつも自問する大事なコトバの一つとなった。
顧客担当者のいま現在の、また近い将来への期待や計画、夢、また不安や心配。それらをしっかり聞き出してくること、それが『買いに行く』ということになる。「顧客満足」が言われるようになって十数年余。いまではけっして目新しい言葉ではなくなったかもしれない。でもそれが実はきわめて大変なこと、容易なことではないということも、長年の経験からイキチさんにはわかっている。相手の方との深い信頼関係、そして情報の基本は「等価値」の交換。聞き出す、買いきる、買い出す力となる「等価値」の情報や見返り、それが無ければ・・、それがあったれば・・・と。

「企画は売るな、買いに行け」
媒体のトップ営業マンの言葉だけれど、また、だれにでも、いつの時でもとイキチさんは思う。

 
[PR]
by hikkii-51 | 2007-10-17 07:58 | 満点企画書は買われない
1.テーマは 外からやってくる その①問題とは、ビジネスチャンス

 「問題」とは、ビジネスチャンスが変装している形である〔カイゼル〕 という名言がある。

 何が不安か、何に困っているか、何を探しているのか、・・・なにがわからないのか・・・

「問題」と向き合い、問題をよく観察し、整理し分析してみると、・・それらが意外に単純で、普遍的で、少なくない人々に共通することだったり、多くの人の共有するテーマだったり、する。

「問題」は、その個人やある個別の問題かもしれないけれど、一方では、ある意味で共通のテーマ、共通の課題、共通の願望だったり、する。

「自我は 外からやってくる」 

 哲学書にそんな表現があった。すでにどんな著書で、著者だったかはもう思い出せないが、イキチ氏の好きな言葉だ。
 「自我」は初めから、もともとから、自分の中に存在するのではなく、外界のさまざまな事象や事件、また知人や友人との語らいや示唆から、また本屋映画や音楽や・・さまざまな体験を通して、触発され、形成されて行くものだと、イキチ氏は勝手に解釈している。
だからまず行動。まず体験。動いてみて、やってみて、うまくいかなくてもそれは何かの糧にきっとなっている。セレンデイピテイという言葉もすでに一般化している。突然変異的に、アクションを起し、何かの動きを作る波動が、エネルギーが、なにかの新しい発見や事象を産み出すことがあるもの。


 問題を精査し、調査し、分析し、考え、話し合い、仮説を立ててみる、試行してみる、・・すると
そこになにか、普遍的な、・・それはけっしてマスでなくてもいい、むしろマス出なく一部の、狭いかもしれないけれど、ある人々に共通の、共有する、何かをはらんでいるとしたら・・
それは、新しいビジネスチャンスの芽に、素材に、そして市場になっていくかもしれない、と・・

 「問題」とはビジネスチャンスが変装している形である。 これもイキチ氏の好きな言葉のリストに新たにまた付け加えられた。
[PR]
by hikkii-51 | 2007-10-11 08:12 | 満点企画書は買われない
 「チーム・マイナス100年」 

#1 「ベーカー街の漱石」  

 アームチェアーにもたれ、パイプをくゆらせている、やや険しい表情のわし鼻の横顔。
そうそうシャーロック・ホームズのポートレートをご覧になった方は少なくないでしょうね。子どもたちやアニメファンは少年期の探偵コナンのポートレートを思い出すかもしれませんね。
では、ホームズ19歳のときのポートレートは? それから17歳のホームズの頭蓋骨は?
まさか、ね? いえいえ15歳の時の頭蓋骨なども出品されたりして・・。えーっ、それって何のオークション??そうそうこれは日本シャーロックホームズクラブの年次総会。恒例のホームズオークションの話である。ポートレートや頭蓋骨がそれぞれ1万円、1万5千円、2万円、と値がつりあがっていって・・。 だいぶ以前に参加した同倶楽部の総会時のことでしたが・・・。

 “シャーロック・ホームズと夏目漱石” 
あまりにも有名な、けれどおよそ関わりがあるとは思えないこの二人が実はニアミスしていたとしたら・・・。
 時はいまからおよそ約100年余り前。処は霧とスモッグに煙るロンドン。漱石は地下鉄に乗り、師事するクレイグ先生宅へ通う毎日。霧と煤煙にけむる街を漱石は日々孤独な心を抱えながらべーカー街まで往復していたという。そしてそこはかのホームズゆかりの地。「ワトスン君、ホラ!依頼人だよ、階段を昇る重い足取りが聞こえないかい」。ホームズの探偵事務所はベーカー街221B。ハドソン夫人の家の二階にあった。
 
 「クレイグ先生は燕の様に四階の上に巣をくっている」と漱石も『永日小品』に書いている。先生はその時、56歳。黒や白のひげやあごひげが乱立する顔でメガネをかけ、いつも縞のフラネルを着て、漱石に報酬を前借りを頼むほどに、けっして豊かではない生活を送っている沙翁の専門学者で、アイルランド人だった。先生の得意なのものは「詩」であった。「ある時窓から首を出して、遥か下界を忙しそうに通る人を見下ろしながら、君あんなに人間が通るが、あの内で詩の分るものは百人に一人もいない、可哀想なものだ。一体英吉利人は詩を解する事の出来ない国民でね。其処へ行くと愛蘭土人はえらいものだ。はるかに高尚だ。ー実際詩を味わう事の出来る君だの僕だのは幸福と云わなければならない、と云われた」ともある(日本図書センター刊、小森陽一編)。ホームズとワトソンが眼下の通りを忙しそうに歩き回る姿をクレイグ先生に見下ろされていたかもしれない。それからほどなくして帰国した漱石は、二年後に先生の死の報に接している。

帰国後の漱石は
代表作といわれる多くの作品を次々と発表。やがて朝日新聞社に請われることとなる。1907(明治40)年、漱石40歳。そう、漱石は明治の世とともに産まれ、ともに齢を重ねたのである。

 その後、
漱石は1916(大正5)年12月9日の永眠のその時まで、約10年。相次ぐ労働争議や日韓併合、また大逆事件の死刑執行、明治天皇死去、アインシュタインの一般相対性理論発表などなど、激動の世相とニュースを持病の胃潰瘍とともに体感し、そして逝った。享年49歳。その後大正の世はわずか10年で、さらなる激動の「昭和」へとあわただしく引き継がれた。


  「江戸歴史検定」が始まり、「江戸の歴史を歩く会」なども参加者多数でうれしい悲鳴だと聞く。中高年層に限らず、「もったいない」実践社会、環境先進社会だと江戸時代への関心が特に高い。それに比べれて「100年前」のことはあまり人気が無い。明治時代後期、そして大正時代。漱石やホームズの活躍した時代といってもたった100年前だ。

「チームマイナス100(仮称)」は
S.H.ホームズのロンドンや万博に沸く繁栄のパリ、躍進のドイツ、一方でそれらとはまったく対極にあった中国やアジア、アフリカなどの動乱、戦乱をにらみながら、この国の100年前を歩いてみることにしたい。


豊かとはいえないけれど、デモクラシーや希望やロマンがあった、。一方で、大きな戦争があった。多くの災害や事件もあった。
 たった100年でこの国は実に大きく様変わりしたものである。でも変わらないものもある。              


  ◇            ◇          ◇

 次号は「漱石と鈴木三重吉(児童雑誌「赤い鳥」)について、書き留めてみたい。
  
 そして、
どうぞあなたのお持ちの情報やお考え、またコメントなどもお寄せください。お待ちしています。
[PR]
by hikkii-51 | 2007-10-07 16:01
 
  秋はやはりクラシック! 
バイオリンとピアノのクラシックコンサート。

ラフマニノフの曲をはじめ、秋にふさわしい選曲で、
  みなさんといっしょに創るコンサートです。
 
 ◎開催場所は、
    =>すてきなライブコンサートが週末に催されることで話題の
       人気ホテル「サクラ・フルール青山」(渋谷 青山学院そば)の
       1階カフェ『メリー ココ』 にて。

 *開催日時は、
    => 平成19年10月28日(日曜)14時30分 開場
             15時 ~ 17時   2時間公演 
 
  
d0116002_1221653.jpg

  
[PR]
by hikkii-51 | 2007-10-07 12:21 | 大人のための絵本ワールド